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1週間経ちました

3月11日の大地震から1週間が経ちました。

自分が住んでいる岩手県盛岡市も地震直後は、電気ガス水道と止まりましたが、
3日後にはほぼ復旧し、いまは自分のアパートで問題なく生活できてます。

ただ、実家の宮城県仙台市の様子がとても不安です。
実家にいる母とは地震直後になんとか連絡取れて無事だと分かっていましたが、
実家の地域は電気は火曜日に復旧してますが、
水道もガスも木曜(17日)の時点ではまだ復旧していないとのこと。

さらに、自分の妹夫婦(母と同じく仙台市在住)は
先月に生まれたばかりの子供を抱えている状態で、
この大地震で被災してしまい、ものすごい心配です。
母も実家ではなく妹夫婦の方へ身を寄せて妹夫婦と孫の世話を手伝っているようです。
(自分は、本当はこの3連休に仙台に戻って、甥っ子と初対面する予定でした)

幸い、実家、及び妹夫婦の家には大きな被害はないと聞いています。


ただ、自分の学生時代の友人では仙台周辺に住んでいる人も多く
いまだに連絡が取れない友人もいます。
さらに、津波の後に原発問題が出てきた、福島県の相馬周辺にも知り合いがいて、
いまだに連絡が取れません。

水曜日(16日)に中学の友人(仙台市太白区在住)と電話で話したときの内容ですが
友人の弟が多賀城市で勤めていて、津波に飲み込まれたとのこと。
3日後に徒歩で家のほうに戻ってきたとのことで一安心でしたが・・・
飲み込まれたときに使っていた車を探しに多賀城方面に行った際の話。


幹線道路も完全に津波を被って瓦礫の山。
その瓦礫を取り除いてなんとか道になっている状態だけども、
多賀城付近はまだ電気ガス水道のライフラインは何も復旧してない。
道の周辺にはまだ遺体が大量に放置されたまま。
道路周辺の田んぼだったところも、瓦礫と遺体だらけの地獄絵図。


結局車は、見つかったらしいのですが、完全に壊されていて全損状態。


別の友達は津波後の町並みを見て冗談半分で、
「FF6の世界崩壊後ってこんな感じの世界だったのかな」と言っていました。


そして津波の被害の地域は分かる人は分かると思いますが、
仙台市では仙台東部道路から東側は津波により全てが破壊された

だそうです。



仙台、そして自分のいる盛岡で一番深刻になっているもの
それはいま、ニュースでもやっている、ガソリン・灯油の不足です。


盛岡市内でも、営業しているスタンドはほぼゼロ。
たまにラジオで「○○スタンドでガソリンが入荷しました」って情報が流れると、
次の日の早朝には給油の整理券を求めて、2キロ以上の給油待ちの大渋滞。
それでも給油できる量は1台につき2000円分まで(ざっと13リットル程度)

自分の車も燃料がヤバイので給油に並んだのですが。
朝4時半ごろから並んでも手に入らなかったので、今はほぼ諦めています。
スタンドではいつ入るんだ?ってスタンドの従業員に掴みかかる人も出始める始末。

会社の先輩の家の近くでは、灯油の盗難も発生しています。


盛岡市のみの話をすれば食料はほぼ問題なく手に入るようになってきています。
地震直後の2日間ほどはスーパーも休業状態でしたが、今は明るいうちのみ営業をしていて、
キャベツや刺身も少量ながらスーパーに並んでいます。


自分はなんとかして仙台に戻って、実家の状態を確認したいのですが
ガソリンが手に入らないので帰るに帰れない状態。
母は、大丈夫だから落ち着いてからでいい、と言ってきますが、
親父や叔父もすでに数年前に亡くなっており、男手は自分と、妹の旦那のみの状態。



ただ、これも、沿岸地域の状況と比べればかなり贅沢な悩みです。

岩手県は内陸地域と沿岸地域の間に、北上山地と言われる標高1000~1500M級の山があり
峠を越えないと沿岸にたどり着けない状態です。

今回、その峠道のほとんどが地震により崩れたり、通行止めになっているところが多いです。
その峠道を越えて、いざ沿岸の町についたとしても、津波で、街が壊滅というか、消えている状態

東京の人で分かりやすく言えば、
お台場や築地の様な沿岸の町並みが、まるッと消えて瓦礫の山になっていると考えてください
(まぁ想像も出来ないでしょうけど・・・)


岩手県の地域のニュースを聞くと、公表されている津波の高さは
相馬の7メートルくらいが最大といわれていますが

おそらく、大槌町や陸前高田、大船渡、釜石では、
15メートル以上の高さの津波が町を襲ったといわれています。

大槌町の町役場は4階建でしたが、その役場をまるっと飲み込んでいる状態なので、
4階建て以下の建物がすべて水没した状態です。



おそらく、沿岸地域の復旧は1~2年じゃ終わらないと思います。それくらいの規模の災害です。

阪神大震災の時の壊滅した神戸市が10箇所以上あると考えてもいいかもしれません。
(まぁ町の規模は神戸市の方が大きいので単純な比較は出来ませんが)

神戸と違うのは、揺れによる倒壊ではなく、津波による「消失」ということ。
家があった場所は基礎部分を残して何も残っていない状態です。

会社の先輩の実家が八戸市なんですが、津波で実家が全て飲み込まれました。
(幸い両親は避難していて無事だったようです)
ただ、実家にあったいろいろな学生時代の品も家と一緒に海に消えたと言っていました。



今はただただ沿岸の人々の平穏な生活が早く戻るのを祈るばかりです。
そして、この地震で亡くなられた方のご冥福を祈るのみです。

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by yanzu25 | 2011-03-18 20:03 | リアル